学歴煽りについて

最近、某学歴煽り系のYouTubeチャンネルがよく炎上しています。

私は世代的に彼らの主要な視聴層ではありませんし、実際にチャンネル登録もしておらず、ほとんど見たことのないチャンネルでした。

ただ、どんなものなのかといくつか動画を見てみたところ、いわゆるテンプレ的な学歴煽り――「国公立>私立」「推薦dis」「偏差値至上主義」など――が多く、ひと昔前に一通り「悪いインターネット」を見てきた人間からすると、特段目新しいものには感じませんでした。

とはいえ、意外とこういう露悪的な感じが今はウケるのだろうか……?というのが正直なところです。


このチャンネルについては、「大学受験生が偏差値で思い悩んだり、学歴コンプレックスを抱える原因になっているのではないか」という批判もあります。

ただ、個人的な感想を言えば、それは当該チャンネルが存在するかどうかで大きく変わるものではないと思っています。

そもそも、学歴コンプレックスを抱えたり、受験で思い悩んだりする学生なんて、ここ数年に突然現れたものでも何でもありません。

何十年も前からずっと存在している問題です。

なんなら、大学を卒業して10年以上経っているのに学歴コンプレックスに悩んでいる人を、私は実際に見たことがあります。その人は私より年上でした。

もちろん、彼らがやっていることを肯定的に見るつもりはありませんし、「そもそも何が面白いんだ……?」という疑問もあります。

ただ、現代の学歴社会の元凶であるかのように扱われることには、かなり違和感があります。


とはいえ、擁護するつもりもありません。

実際、失礼な言動・行動があまりに多く、世間から眉をひそめられているのも事実でしょう。

ただ、出演している学生に対する言動については、事前に意図を説明したうえで行っているらしく、少なくとも突発的に学生の学歴を馬鹿にしているわけではないようです。

流石にそこは、そうであってほしいものですね。

 

 

一方で、現在話題になっている福島大学の原子力研究についての「福島大に任せたくない」という発言は、あまりにも不用意で、お粗末だったと思います。

そもそも演者の意図としては、

「福島大学くらいの、そこまで高くない偏差値の大学で学んだような人に、原子力という複雑かつ今後のエネルギー政策を左右する研究を任せるのは不安だ」

という、ある意味ではいつもの偏差値煽りでしかなかったのでしょう。

もちろん、その煽りに正当性があるのかどうかについては、ここでは議論しません。

 

もしこれが福島大学ではなく、福島大学と同じくらいの偏差値帯にある別の地方大学について同じことを言っていたのであれば、「またいつもの偏差値煽りか」とスルーされていた可能性もあるでしょう。

しかし、福島という土地は他の地域とは事情が違います。

そこを十分に考慮せず発言してしまったのは、演者の脇が甘すぎたと言わざるを得ません。

まあ、そもそも編集段階でカットしなかったのもどうなのか、とは思いますが。

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私は、露悪的な学歴・偏差値煽りをエンターテインメントとして行う「こと」自体を、全面的に否定するつもりはありません。

彼らに限らず、別のジャンルでも露悪的なエンタメなんて山ほどあります。

少なくとも、「こういうことをやっているからチャンネルを閉鎖しろ」という話にまでなるのは、私は違うと思っています。

ただし、こうした露悪的な内容を扱うのであれば、それ相応に慎重に、そして繊細に動画を作る必要はあるでしょう。

「何を言ってもいい」というわけではありません。


そもそも、この国の偏差値・学歴重視の姿勢は、別に今始まったことでも何でもありません。

大学入試を「入口」である偏差値だけで過度に評価する構造がある限り、偏差値を重視する人たちは今後も現れるでしょう。

極端な話、海外の大学のように「入りやすく、出づらい」構造にでもしない限り、大学の難易度を入口の偏差値で測る風潮が完全になくなるとは思えません。

そうした大学教育全般の構造的な問題や、それによって生じているある種の欺瞞をスルーして、目立ちやすい露悪的なチャンネルだけを強い言葉で非難し、正義面したところで仕方がないだろう、とは思います。


私自身、大学受験のときは「何を学びたいか」なんてほとんど考えず、結局は通学圏内にある最も偏差値の高い大学を選んで受験しました。

そういう意味では、私自身も偏差値至上主義からまったく抜け出せていなかったと言われても、返す言葉はありません。

だからこそ、今になって振り返ると、「大学の偏差値って、当時思っていたほど人生に大きな影響を与えるものでもなかったな」と感じます。

もちろん、卒業生同士のつながりが強い大学など、大学そのものに明確なメリットがあるケースは別です。

ただ、それは必ずしも「偏差値が高いから」という理由ではありません。

少なくとも私自身の経験では、偏差値が高い大学に行くこと、あるいは低い大学に行くことによる将来への影響は、大学受験生だった頃に想像していたものより、かなり小さかったと思います。

働き始めてからは、学歴なんてどうでもいいな、と心底思っています。


そんなわけで、こういった学歴・偏差値煽り系のチャンネルについて私見を述べるなら、結局のところ、

「シンプルに、何が面白いのかよく分からない」

というのが本音です。

別に、それだけを理由にチャンネルを閉鎖しろとも思いませんし、日本社会における学歴コンプレックスの元凶だとも思いません。

ただ、「今の世の中では、こういうものがウケるんだな」ということについては、ある意味で勉強になりました。

昭和や平成のコンプライアンスが今よりずっと緩かった時代のヤバいバラエティとも、また違うえぐみがあります。

これも時代なんだなあ……と、しみじみしてしまいました。


そして、これとはまた別の問題として、日本には権威主義があまりにも根強いな、とも感じました。

どういうことかというと、今回このチャンネルへの批判が大きく広がった背景には、九州大学の教授が当該チャンネルを批判する投稿をしたことがあるようです。

もちろん、批判すること自体は自由です。

そもそもアカデミアと偏差値至上主義は、本来もっとも噛み合わない世界でしょうから、研究者の立場からすると、思うところがあったのだろうとも思います。

ただ、その教授による批判も次第にエスカレートし、かなり大上段からチャンネルの閉鎖を要求するような言動まで見られるようになりました。

一般的な社会人として見ると、そこにも違和感を覚えます。

私個人としては、当該チャンネルも当該教授も、それぞれ別のベクトルで「どっちもどうなんだろう」と思ったのですが、大学教授という肩書きの持つ権威に呑まれてしまったのか、教授側の言動に対する違和感を指摘する人は極めて少なかったように感じます。

実際、内容としては一見もっともらしい批判に対しても、

「旧帝大の教授が主張しているんだぞ。だから正しい」

と言わんばかりの、盲目的な権威主義的意見が目立ちました。

これはこれで違うよなあ、と思ってしまいます。

その後、この教授が女子枠への賛同を表明していたことなども話題になり、最終的には「いや、それはそれでダメじゃねえか」となってしまったのには、乾いた笑いが出ました。

もし同じ主張をしていた人間が大学教授ではなく、匿名の一般人だったとしたら、果たしてこれほどまでに耳を傾けてもらえたのでしょうか。

他のジャンルでも感じることですが、日本の権威主義はかなり根強いと思います。

誰が言ったかではなく、何を言ったかで判断してもらいたいものですな。


兎にも角にも、

「目立つ泡沫的なコンテンツだけを強い言葉で非難し、問題の本質にある大きな構造には目を向けない。あるいは、本当に見えていない」

という流れには、もうお腹いっぱいです。

まさか、それを学歴煽り系YouTubeチャンネルの炎上問題から改めて考えることになるとは、夢にも思いませんでした。

人生、何があるか分からんもんですね。